【Report】バイオジャパン2026・スポンサードセミナー開催報告(2026年10月8日)
AI創薬時代に日本の競争力を支えるものは何か
国内外のエキスパートが意見を交換

アジア最大級のパートナリングイベント「バイオジャパン2026」が、パシフィコ横浜(神奈川県横浜市)にて、2026年10月7日から9日までの3日間にわたり開催されました。イベント2日目には、アイパークインスティチュート株式会社の主催によるスポンサードセミナー「AI創薬時代、日本の競争力を支える共創〜世界企業と考える次世代創薬エコシステム〜」が開催され、国内外のエキスパート5名がAI創薬の現在地と将来展望について意見交換を行いました。

左からFOMEKONG NANFACK氏、Wu氏、井川氏、Androsavich氏、藤本氏
司会:藤本利夫氏(アイパークインスティチュート株式会社)
FOMEKONG NANFACK Yves氏(武田薬品工業株式会社)
Wu Jianyu(Daniel)氏(Insilico Medicine)
井川英之氏(シュレーディンガー株式会社)
Androsavich John氏(Ginkgo Bioworks)
各社の取り組み
アイパークインスティチュート:これからの創薬は、AI技術・計算科学・自律型ラボ・収集データ・製薬に関する専門知識を結びつけ、一体化させた「エコシステム」が不可欠です。湘南アイパークは、日本政府との協議を通じて「共同利用型のAI創薬プラットフォームと自動化ラボの整備」を提言しています。また厚生労働省とも協力しながら「官民連携によるAI創薬インフラ」の検討作業を進めています。
武田薬品工業:同社は現在、創薬のあらゆる段階にAIを組みこむ「次世代創薬構想」を推進中です。そして同構想の中核をなすのが、AIによる研究加速プログラム「AI Rx」と、デジタル化・自動化・ロボティクスを取り入れた次世代ラボです。前者は化学者・免疫学者・生物学者などで構成される少人数のチームに、AIなどのデジタル技術と、意思決定や調達を円滑に進める支援を提供し、研究に集中できる環境を整えることで、研究開発プログラムを前進させます。後者は反復的な実験操作などを自動化することで、研究者がより重要な研究に集中できる環境を作ります。同社はこうした取り組みを通じて、より優れた新薬を患者さんのもとに届ける未来を目指しています。
Insilico Medicine:AI創薬プラットフォームの先駆者的存在である同社は、いまや世界各地に拠点を持ち、創薬対象も低分子化合物から抗体医薬まで、様々な分子設計に対応しています。技術もさらに進歩しており、自然言語による指示で、創薬関連業務の実行を支援する新たなAIサービスの提供も開始しました。同社は、これまでにも自社開発の技術で新薬候補を開発し、世界の名だたる製薬企業に提供してきました。同社から誕生した数多くの候補化合物がいまや臨床試験の段階にあり、その中でも最も進行している特発性肺線維症の治療薬候補は、第Ⅲ相試験の段階にあります。
シュレーディンガー:計算技術で創薬を変えるという創業者のビジョンのもと誕生した、生命科学や材料科学の顧客を支援するソフトウェア企業です。同社が長年にわたって蓄積してきた計算科学の技術は、AIや機械学習と統合することで、より強固になりました。同社は、分子動力学などの物理学に基づく高い分子設計能力を持ち、同社の創薬部門はこの技術を用いて、これまでに多くの医薬品候補分子を設計し、複数の製薬企業と導出契約および共同研究を実現してきました。今年の夏には、自然言語による指示で、分子設計やデータ解析などを支援するエージェント型AI「Bunsen」も発表しています。
Ginkgo Bioworks:同社は、自律型ラボを支える独自のハードウェアとソフトウェアを提供しています。ロボットアームと実験機器を備えた「再構成可能な自動化カート(RAC)」を連結し、研究者が指定した実験手順に沿って試料の搬送や実験操作を自動化します。3台程度の小規模な構成から、多数のカートを連結した構成まで対応できます。OpenAIとの共同研究では、このラボとAIを連携させ、実験結果の解析から仮説立案、次の実験の提案までを循環させました。この検証では、人間がAIの要求した試薬を装置にセットした後、約3万6,000回の実験を自動で実施し、無細胞タンパク質合成におけるタンパク質1g当たりの製造コストを約40%削減しました。大学などへの導入が進み、製薬企業向けの自律型ラボの構築にも取り組んでいます。
パネルディスカッションⅠ:いまどこまで進んでいるのか
AIで標的の特定・妥当性検証を加速:武田薬品の場合、日常業務の品質向上という点では、間違いなく誰もがAIの恩恵を受けています。新薬開発についても、AIを活用して約2カ月で創薬標的を特定した事例があります。この事例では標的の妥当性も検証でき、正式な研究開発プログラムにつながりました。別の事例では、ヒト由来の性質をできるだけ維持するという制約のもと、組換えタンパク質をAIで設計することで、停滞していたプログラムを再び前進させることに成功しました。これらは大きな進歩だといえますね。【FOMEKONG NANFACK Yves氏】
真の創薬能力があることを示す必要がある:創薬標的の検証など、初期開発を加速させる力を秘めていることは、多くの人が認めるところです。一方で、AIが真の創薬能力を持つことを認めさせるには、性能を確かな形で示す必要があります。当社がAIを活用して開発した薬剤候補の第IIa相試験を開始した当時、我々は困難に直面していました。しかし、我々はあきらめることなく挑戦を続けました。その後、試験の主要な結果が得られたことで、当社の技術への評価が高まり、提携機会も大きく広がりました。【Wu Jianyu氏】
AIが研究者の戦略的判断を支援:私たちは、エージェント型AI「Bunsen」を、候補化合物の提案や構造活性相関の解析、薬物動態データの解析などに活用しています。その結果、研究者は戦略的な判断やチーム内のコミュニケーションに、より多くの時間を使えるようになりました。【井川英之氏】
新たな創薬標的に対する挑戦の増加:創薬業界では、この10年間、妥当性が確認された標的への取り組みが多く、新しい標的への挑戦は限られていました。しかし、AIや外部の実験基盤を活用して、新たな仮説や標的の妥当性を検証できれば、施設を用意したり、研究者を新たに雇用する前に開発の是非を判断できます。そして仮にその標的選択が間違いであったとしても、経済的な損失は軽くて済みます。結果として、新たな創薬標的に挑戦する事例は今後ますます増えるだろうと考えています。【Androsavich John氏】
パネルディスカッションⅡ:エコシステムの構築が重要に
バラバラのピースを繋げることが大切:これからは、計算モデル・物理シミュレーション・自律型ラボ・製薬の専門知識といったバラバラのピースを、相互に連携した「エコシステム」につなげる作業が重要ですね。実際にはこれらのピースは、どのように連携しているのでしょうか。【藤本利夫氏】
専門家とともに作り、最終判断は人が担う:私たちは、専門家が問いに答える際の思考過程や検証手段を、AIを活用した研究基盤に組み込んでいます。必要なデータや実験を見極める専門知識を生かしながら、最終的な判断は研究者が担います。人間が関与する「Human in the Loop」を維持することが重要だと考えています。【FOMEKONG NANFACK Yves氏】
社内に小さなエコシステムを設立:我々は社内にエコシステムを構築しました。ドライラボ研究は主に米国を拠点とするチームがAIで分子設計やデータ解析を行います。ウェットラボ研究は中国やインドにある開発受託機関に委託しており、彼らが実際に化合物を合成して生物学的アッセイやADME(吸収・分布・代謝・排泄)試験を実施します。そのデータは当社が独自開発したケモインフォマティクスツールに統合されます。化合物の合成と各種試験をできるだけ同じ拠点で行うことで、不要な輸送を抑えています。【井川英之氏】
デジタルと実験を密接につなぐことが大切:創薬研究では、まず分子設計を行い、次に実験室で分子を作成した上で特性を確認する実験を繰り返します。これらの工程がバラバラの場所で実施されると、工程間の受け渡しに時間を要することになり、創薬研究を必要以上に長引かせます。そこで重要なのが、物理的距離を縮めて、同じ場所で物質の作製と試験を行い、結果を次の設計に反映する実験サイクルです。これにより、数週間かかる作業を、数日ないし数時間単位にまで短縮できる可能性があります。【Androsavich John氏】
パネルディスカッションⅢ:日本は何を優先するべきか
日本の優先課題は専門人材の確保:まず日本が優先して取り組むべき課題は「人材」です。日本のエコシステムは地理的な条件もあり、海外とのつながりが限られる面があります。我々も開発に必要な人材〜すなわち博士号を持ち、5~10年の実務経験を有するAIの専門家〜を日本で確保するのに、半年もかかりました。もちろん、AI分野の人材は世界のどの地域でも獲得競争が激しいのですが、米国では必要数を上回る応募者が集まることも珍しくないため、この点は特に印象的でした。【FOMEKONG NANFACK Yves氏】
日本は自動化技術に活路を見出すべき:実務経験のある専門家の確保は中国でも大変です。大学は実務までは教えてくれませんからね。わたしは日本のラボ自動化技術に強い感銘を受けています。前にも神戸市を訪問して数々の自動化ラボを見学しました。日本は独自性の高いデータを創出すること、世界の製薬業界で蓄積してきた経験値を活用することで、独自の強みを発揮できると考えます。逆に日本は「開発スピードだけで他国と競争するべきではない」と提案したいですね。【Wu Jianyu氏】
ロボット技術は優秀だが…:日本は産業用ロボットの技術力では強みがありますね。しかし「個々の実験機器をひとつのシステムに統合する」という部分では、課題があるかもしれません。【藤本利夫氏】
統合は重要な要素である:確かに「統合」は重要な要素ですね。日本は優れた実験機器を開発する技術があります。それらを組み合わせて自律的に動くシステムを構築して、大小問わず多くの民間企業が利用できる形になれば、日本がAI創薬でリーダーシップを発揮することも十分可能です。利用企業が、そこで生成したデータの権利を保持できることも重要です。それに夜間も週末も働き続ける自律型ラボは生産性にも大きく寄与します。もちろん、実験の順序決定や問題解決の最適解の選択では、研究者の持つ創造性の介入も不可欠です。【FOMEKONG NANFACK Yves氏】
統合されたシステムは日本の強みになり得る:統合された実験機器・自律型ラボを共同利用できるエコシステムの構築は、創薬研究の新たな枠組みを作り、日本が創薬研究においてリーダーシップを発揮する機会になると考えます。米国では、国土の広さや企業・研究機関の分散、投資回収への期待の高さなどから、同様の仕組みを機能させることが難しい一方、日本は、環境面でもエコシステムの構築に適していると考えます。【Androsavich John氏】
エコシステムの確立が重要:日本の強みについて考えてみると、まず基礎科学から精密製造まで様々な分野で強みを持ちます。構造ベース創薬やクライオ電子顕微鏡などの技術や設備も充実しています。しかし大切なことは、その強みを最大限活用するためのエコシステムの確立です。アカデミアと製薬企業の役割分担に加え、企業同士が非競争領域で協力し合う体制も大切です。すべての情報を公開するのではなく、競争前段階の領域で、それぞれの知識や実験データを持ち寄ることが重要です。新たな標的を中心に創薬エコシステムを構築することが大切であり、わたしが日本で実現したい未来です。【井川英之氏】
